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「◯◯したくない」という動機でFIREする場合は大きな犠牲が必要

FIRE
「〇〇したくない」と感じることが多い
FIREして嫌なことから解放されたい

そんな方向けの記事です。

 

「FIREしたい」という願望は、大きく下記の2つに分けることができます。

 

  1. FIREした先に夢がある
  2. FIREした瞬間がゴール

 

①はFIRE後に叶えたいライフスタイルがあり、FIRE自体は通過点でしかない、というケースです。「長期的な展望がある」とも言い換えることができます。

 

②は経済的自由を達成して会社を辞める瞬間を夢見ており、その先の長い人生に対するビジョンがないケースです。考えていても、FIRE後数年先くらいでしょうか。

 

さて、「〇〇したくない」という動機でFIREを目指している人はどちらに該当するか。

おそらく、大部分が②に該当すると思われます。

「〇〇したくない」が動機であれば、「しなくてよくなった瞬間」が目標のピークとなるはずだからです。

それ以降は「しなくてよい状態」が普通になるため、FIREした瞬間の達成感(?)を超えることはないと想像します。

 

この場合、FIREという目標は同じでも、①と②では異なった過程を辿ることになる、と私は予想しています。

どちらも大きな目標であるが故に、達成するには何らかの犠牲(優先順位が低いことを切り捨てる行為)が伴うはずですが、②(FIREした瞬間がゴール)の方が、自ずと大きな犠牲が伴うはずです。

なぜなら、①は「やりたいこと」が第一優先であるのに対し、②は「やりたくないこと」第一優先であるため、「本当であればやりたかったはずのこと」も削りかねないからです。

 

 

そこで本記事では

「〇〇したくない」という動機でFIREを目指す場合の犠牲の大きさ

について考えてみたいと思います。

 

大きな目標には犠牲がつきもの

人生の方針に関わる大きな目標には、必ず犠牲が伴います。

それは時間であったり、労力であったり、お金であったり、様々です。

本来であれば今すぐしたいことがあったとしても、より大きな目標のためには、長期的に自分を律する必要性が出てくるかもしれません。

 

特に、FIREのような、世間一般とはかけ離れた選択を目標にするのであれば尚更です。

周りが65歳程度まで働く中、30代〜50代で早期退職を目指すには、周りに流されず、優先順位の低いものは切り捨てるくらいの覚悟が必要になります。

目標とする退職時期が早ければ早いほど、その代償は大きくなるはずです。

 

「したくない」を理由にした犠牲は痛みを伴う

目標達成のため、優先順位の低いことを切る捨てる場合、「したいこと」が目標であれば、痛みはさほどないと思われます。

「したいこと」が目標である以上、達成までの過程も楽しみになり得るからです。

 

小さい頃、欲しい物のためにおこずかいを節約した経験がある方ならご理解いただけるかもしれません。

一番欲しい物を手に入れるための手段であれば、ある程度の我慢は一歩一歩前進している感覚を伴い、楽しさやワクワク感に変わっていくはずです。

 

一方で、「したくない」という願望の優先順位が高い場合は事情が異なります。

「したくないこと」の優先順位が高いために、本来であればしたかったはずのことでも切り捨ての対象になってしまうためです。

 

人それぞれ優先順位が異なるため、あまり具体例は出したくないですが、イメージしやすくするために1つ例を出します。

 

  1. 優先順位1位:FIRE(仕事をしたくない)
  2. 優先順位2位:結婚して幸せな家庭を築く

 

最優先であるFIREという目標を達成するために、結婚して幸せな家庭を築くという目標は切り捨てるとします。

この場合、第一優先は叶えられたとしても、「やりたいこと」を叶えることはできていません。

これは、おこずかいを我慢してより欲しいものを手に入れようとする行為とは異なり、犠牲にしているものが非常に大きい、と私は考えています。

 

繰り返しますが、あくまで例ですので、結婚が人生において重要だという話ではありませんし、物事を単純化し過ぎています。

しかし、「〇〇したい」という動機に突き動かされるより、「〇〇したくない」という動機の方が、犠牲に痛みが伴うのは真実ではないでしょうか。

 

「したくない」を減らせないだろうか

「〇〇したくない」という動機で長年FIREを目指した場合、「やりたいこと」を見失ってしまう上に、最終的には欲望のセンサーも麻痺してしまうのではないか、とさえ思います。

これは自由に生きる上であまりにも大きな代償です。

自由に生きるには、まず第一にやりたいことがあり、それを実現するプロセスが必要だ、と私は考えています。

 

仮にやりたいことがわからなくなってしまっても、人間死ぬことはありません。十分に生きていけます。

しかし、そのような状態では「死んではいない」だけで、定年後にすることがない老人と似たような状態になってしまいます。

「〇〇したくない」という願いが叶ったときに、やりたいことに対するセンサーが麻痺していたら、これほど悲しいことはありません。

 

このように考えていくと、「〇〇したくない」という想いでFIREを目指すのは、短期的にであれば良いとしても、長期になればかえって不自由な人生を歩む結果になる可能性も考えられます。

そのため、できれば、「〇〇したくない」という想いをFIRE以外の角度からも攻めた方が良さそうです。

ストレスを溜めない工夫、人間関係を良好にする工夫、時間を無駄に費やしてることがあればやめる等、何かできることから、改善していくべきではないでしょうか。

 

改善を行い、「〇〇したくない」という願望の優先順位が下がれば、本来求めている自由な人生に近づく、と私は考えます。

 

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まとめ

  1. FIREには犠牲が伴う
  2. 「〇〇したくない」が動機であれば特に
  3. 「〇〇したくない」の優先順位は下げた方が良い

 

嫌なことから逃げようとすることは悪いことではありません。

逃げずに無理をしてしまい、心も体も疲れてしまっては元も子もないでしょう。

 

しかし、そうなる前に打てる手が他にあるはずです。

FIREには時間がかかる以上、多角的に対策を講じた方が豊かな人生に繋がると思うのですが、いかがでしょう。

 

 

以上、終わりです。

 

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