そんな方向けの記事です。
成長したり、現状の停滞を打破するためには「コンフォートゾーン(快適な空間)」を出る必要がある、というのはよく聞くフレーズです。
快適な空間より、やや負荷のかかる環境の飛び出していった方が学びがあるというのは、感覚的によくわかります。
その観点から見ると、「FIREを目指す」はコンフォートゾーンへの移行を目指していることになり、成長が鈍化し、現状が停滞する方向へ進んでいるとも解釈できます。
定年後の年齢ならまだしも、若いうちからこのような状態へ進もうとしているなら、人生に対する悪影響が何らかの形で現れるかもしれません。
そこで本記事では
- FIRE後は成長しないのか
- そもそもなぜ成長する必要あるのか
- FIRE後に成長を意識する(コンフォートゾーンを出る)必要があるのか
について考えてみたいと思います。
そもそもなぜ成長する必要があるか
本記事での成長とは、できることが増えたり、新しい視点を手に入れたり、深い思考ができるようになるような、何らかの新しさを手に入れることを指します。
例えば、何かに挑戦して失敗したとき、失敗した理由がわかったり、今後どうするべきか考察できたのであれば、それは「新しさ」を手に入れたことになります。
「新しさ」を手に入れる(成長する)ことの最大のメリットは、手に入れた方が「自分の人生が有利になりやすい」という点にある、と考えます。
できることが増え、視野が広がり、視点が増えることは、どう転んでもマイナスになることはありません。
したがって、「人生を今よりも良い状態にしたい」と望むのであれば、成長することが1番の近道、といっても間違いではないと思います。
しかし、成長には痛みが伴うことがほとんどです。
一時的にストレスに晒される場合もありますし、そのストレスに打ち勝てない場合は心に深い傷を負う場合もあります。
これが、「コンフォートゾーンを出る」ということです。
そのような観点から、誰もが成長すべきだとは考えません。
現状に不満があり、理想に向かって進みたい、と思うのであれば成長する必要がある、と私は考えます。
要するに、現状に不満がないのであれば、無理に成長する必要はないのです。
FIRE後は成長しないのか
冒頭で挙げた疑問について考えてみます。
FIREはコンフォートゾーンに居続けるようなもの、とすれば成長は鈍化しそうですが、実際に成長しにくいものなのでしょうか。
「新しさ」を得られるかどうか、の観点で考えてみると、FIREしたかどうかはあまり関係がないように思えます。
FIRE後も積極的に行動して、考えることをやめなければ、「新しさ」を得られなくなるということはまずないでしょう。
一方、FIREを「ゴール」と考え、その後の人生は穏やかに暮らせれば良い、という考えであれば、「新しさ」を得られる機会は少なくなるかもしれません。
しかし、これは別に悪くはない状態のはずです。
現状に満足しており、現状が続けば良いのなら、「新しさ」を得る必要性はありません。
既に人生が有利な状態であれば、「新しさ」がなくても、理想通りに穏やかな毎日が過ぎていくものと思われます。
つまり、FIRE後も成長するかどうかは、「その人が求めているモノが何か」によって変わるため一概に言えない、となります。
FIRE後に成長を意識する必要があるか
FIRE後もやりたいことがたくさんあって、エネルギッシュに活動している人は自ずと成長していくため、成長を意識する必要はないと考えます。
一方、FIREを「ゴール」である考え、かつまだまだ若い場合は、成長を意識しないと不都合が生じる場合があります。
『現状に満足しており、現状が続けば良いのなら、「新しさ」を得る必要性はない』と書きましたが、これはコンフォートゾーン外での話です。
コンフォートゾーンを出てまで、「新しさ」を得る必要はないだけで、コンフォートゾーン内での「新しさ」はやはり必要だ、と私は考えています。
コンフォートゾーンを長期間快適と感じ続けるためには、快適である理由を上書きしていく必要がある気がしてなりません。
というのも、人間は同じ刺激に対して徐々に慣れてしまうため、最初は穏やかな日常だと認識していても、ずっと同じだと「穏やかさ」はいづれ「退屈」に変わります。
このとき、穏やかさを捨ててストレスがかかる領域に出ていくのではなく、穏やかさを更に追い求める姿勢が重要になってきそうです。
具体的に言えば、好きなことに打ち込んだり、興味があるけど手をつけていなかった分野に飛び込む、などが「穏やかさを更に追い求める姿勢」に当たります。
そのような意識をしないと、コンフォートゾーンが徐々に狭くなっていくと予想しています。
FIREすれば今まで耐えられていたこと(例えば土日の人混みとか)が耐えられなくなり、FIRE直後は穏やかで快適だと感じていた領域も退屈と感じる。そんな感じです。
このような状態になると、行動の範囲も狭まっていくため、新たな面白さだったりを見逃す恐れもあり、徐々につまらない人生になっていくと考えられます。
「FIREすれば穏やかな毎日を過ごせる」と考えるのは、ある一定の期間では確かにそうかもしれませんが、長期で見た場合はやや楽観的です。
上記思考は「現状維持ができれば良い」という考えから来ているものと思われますが、穏やかで快適な毎日を維持するためには、「新しさ」を得ようとする習慣が必須だと考えます。
まとめ
- FIRE後はコンフォートゾーン内で「新しさ」を得る必要がある
- 「新しさ」がないと、「穏やかさ」はいずれ「退屈」に変わる
- 長期間穏やかでいるためには「新しさ」を得る習慣が必須
定年後の老人とFIRE後のミドル世代(35歳〜54歳)では、人生の残された時間が全く違います。
残された時間が長い分、ミドル世代の方が最後まで穏やかで快適でいる難易度は高い、と私は予想しています。
定年後20年を穏やかに過ごすのと、FIRE後40年穏やかに過ごすのでは、後者の方が工夫が必要なはずです。
以前、「FIRE後はアウトプットが重要である」という内容の記事↓を書きましたが、これがまさに、コンフォートゾーン内で「新しさ」を得る方法です。
FIRE後に穏やかに過ごしたいと考えるのであれば、忙しい資産形成時期からアウトプットを習慣化するのが良いと考えているのですが、いかがでしょう。
以上、終わりです。
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