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【サイドFIRE】生き方を言葉の枠にはめてしまう不自由さについて

FIRE
FIREは難しいからサイドFIREを目指している

そんな方向けの記事です。

 

FIREの種類は大きく分けて、下記の4つに分類できるようです。

 

  1. Barista FIRE(バリスタFIRE)
  2. Lean FIRE(リーンFIRE)
  3. Coast FIRE(コーストFIRE)
  4. Fat FIRE(ファットFIRE)

 

完全リタイアか、セミリタイアか。節約志向か、そうでないか。で分類されているイメージです。

最近よく目にする「サイドFIRE」はフルタイムより短い労働は許容する生き方で、バリスタFIREと同義と思われます。

 

多様な生き方が言語化されてきたことによって、目標が明確になったり、目指す人が増えてきたように観察されます。

一方で、「本来の理想から離れてしまう人も多いのでは?」とも思います。

 

  1. 自分の理想を分類に当てはめたらその言葉だった
  2. 分類された言葉の一つを自分の理想にした

 

この二つは目指すものは一緒でも、意味合いは全く異なります。

サイドFIREという言葉に自分を当てはめてしまうと、本来の理想(FIRE)から離れてしまい、生き方に対する不満感は短期的に見ればなくなっても、長期的に見てなくならないと私は考えます。

 

本記事では

自分の生き方を言葉の枠にはめてしまう不自由さ

について考えたいと思います。

 

目標は具体的になればなるほど縛られる

目標は具体的な方が達成しやすい反面、具体的であるが故に、その目標に自分自身が縛られてしまう側面があると考えます。

 

2パターンの目標について例を挙げてみましょう。

 

① 後悔しない人生を送る

これは抽象的な目標であり、具体的な行動を定めることは困難と言えます。

なぜなら、考えることが多岐にわたり、最適と思われる行動も常に揺れ動くからです。

目標があっても道はなく、辺りを見渡しながら自分で道を切り開かなくてはならない。つまり答えがな、それ故に完全に自由なのです。

 

② 30歳までに1000万円貯める

これは具体的な目標です。

目標達成のためには倹約や投資、副業など、具体的な行動が自然と定まるでしょう。

目標が一点に定まっており、道が既に決まっているとも言えます。

 

具体的な目標には①のような自由さは少なく、将来的には後悔するようなことにも手を出す必要があるかもしれません。(過度な倹約、リスクを取りすぎた投資など)

具体的な目標に囚われてしまい、本質的な目標(この場合、1000万円を貯めてどのように生きたいのか)を見失ってしまう可能性もあります。

 

一方、「楽しく生きたい」「幸せに暮らしたい」のような抽象的な目標はそれ自体が本質的な目標であり、自分を縛るものではありません。

このように、目標は具体的であればあるほど行動も具体的に定まる反面、その具体性に囚われ、良くも悪くも自分自身を縛ってしまう恐れがあるのです。

 

サイドFIREは具体性が強い

物事は細分化されればされるほど、具体性が強くなると言えます。

それはサイドFIREについても同様です。

 

  1. FIREの半分の資産で達成できる
  2. FIREより短期間で会社を辞められる
  3. サイドFIRE後も労働が必要

 

などの具体的な条件や情報、メリットがサイドFIREにはあります。

それは生き方の指針、説明書があるようなイメージです。

それ故、サイドFIREするまでの道のりや、サイドFIRE後の生き方がFIREのそれよりも想像しやすいと思われます。

 

一方、「FIRE」はサイドFIREに比べると抽象度が高い生き方だと私は考えています。

どちらも「自由に生きる」という人生の方針が前提にあると思われますが、FIREの方が生き方を言語化することが難しく、概念的な印象です。

「資産を増やし、早期退職して自由に生きる」以外にはなんとも説明しにくい生き方です。

 

このような抽象的な生き方を目指していた人が、資産額を理由に具体性を伴った生き方を目指すとなると、不自由さを感じることになるはずです。

知らぬ間に本質から遠ざかってしまい、サイドFIREの具体性に縛られてしまうと私は考えます。

 

最適な生き方は自分の中にしかない

〇〇FIREとは誰かが決めた分類です。

自分で目指す理想のライフスタイルには、本来言葉がないと私は考えます。

私は便宜上「FIREを目指している」と書いていますが、言葉は別になんでも良いのです。

「お金を貯めて自由に生きたい」という目標が分類上「FIREを目指している」ということになるだけです。

自由に生きる方法がお金を貯める以外にあるとしたら、FIREをする必要もありません。

 

既にある言葉に自分を当てはめた瞬間、生き方が枠にはまってしまい、知らぬ間に不自由になります。

サイドFIREとFIREを比較して述べましたが、これはFIREに関しても同様です。

自分の理想をFIREという言葉に当てはめた時点で、その枠にはまってしまい、不自由さが伴います。

 

現在の生き方のどこに不満(問題)があって、それを解決するためにはどうしたらいいか。その辺を考えることが本質的であり、理想の生き方に近付くための最も近い道になると考えます。

「資産額で生き方を決めると、結局は遠回りになる」というのが私の考えです。

 

まとめ

  1. 具体的な目標は良くも悪くも自分を縛る
  2. サイドFIREは具体性が強い
  3. 本質的な目標を見失わないようにしよう

 

本記事では「サイドFIREは具体性が強い」「具体的な目標は本質を見失う」などと書いていますが、サイドFIRE自体を悪く評価しているわけではありません。

多様な生き方の一つとして認識しているだけで、否定も肯定もしていません。

 

ただ、達成可能な資産から生き方を選択するのは順番が逆であり、本質的ではないと感じています。

 

本質的でない目標では不自由さはなくならない」と思うのですが、いかがでしょう。

 

 

以上、終わりです。

 

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